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英語ができない私が英語ができるようになるまで

英語ができない私が英語ができるようになるまで

WRITER MAKI

社会人2年目で受験したTOEICは490点。

海外旅行でも英語を話せない、友達に頼りっきり…

英語ができるようになりたいと思って、あがいた20代…

それから英語を教えるまで…英語コーチになるまでの英語学習の変遷を今日は書こうと思います。

 

私の英語学習歴(最近→過去へさかのぼります)

育児と仕事を両立しながら、ワーママ&アラフォーで、TOEIC960点と英検1級をとって英語コーチになるまで!

「英語がすごくできるんですね・・・」とよく言われます。

それって、若い時からずっと英語ができていたんですしょ?・・・と聞かれるのですが・・・。

実は、TOEIC960点と英検1級を取得したのは、30半ばを過ぎてから。

英検1級に至っては、アラフォーです。

しかも、英語の勉強に専念できたわけではなく、外では働き、家では子どもたちの育児をしながら・・・という状況の中で、です。

とくに、英検1級は、2018年1月の英検で一次試験、2月に二次試験、と一発ストレートで合格できたのですが、このとき、3人目が生後6ヶ月、保育園にも入っておらず、誰にも預けたことがなく、家の中でず~っと一緒。

しかも、仕事もしていて、子連れレッスンで片時も離れることできず・・・抱っこ紐でおんぶして仕事をしていました。

英検1級を受験に行くときは、会場まで主人に送ってもらう車の中で、会場に行く直前まで授乳し、試験が終わったら迎えに来てもらってた車の中で授乳する・・・という慌ただしさ。

TOEIC960点をとったときも、3人目の息子はまだ生まれてはいませんが、2人目(次女)がまだ3歳ぐらい、絶賛子育てアップアップの時でした。。。

はっきり言って、20歳代で独身時代の、残業も多かったフルタイム会社員時代のほうがずっと勉強時間はありました。

 

でも、20代の頃の英語学習では、なかなか結果がでなかったんです。

 

30代に入ってから、私は本気で英語に取り組みました。

そのきっかけが、英語指導資格「ケンブリッジCELTA」をとろうと思ったことでした。

 

ケンブリッジCELTAを取得したことが私の転機に

私が英語教育者(英語講師&英語コーチ)としての人生を踏み出す大きなターニングポイントとなったのが、

ケンブリッジ大学教育機関(Cambridge Univ. ESOL)認定の英語指導者資格(CELTA)を取得したことでした。

この「CELTA」は英語指導者資格としては、世界で最も認知され信頼されている英語指導者資格と言われています。

 (⇒「CELTA」について詳しく知りたい方はコチラをご覧ください

私は、「英語で人生を変えよう!」と決意したときに、この資格をとろうと思いました。

基本的に、「ケンブリッジCELTA」はネイティブ向けの資格。英語ネイティブ(主にイギリス人たアメリカ人)がノンネイティブの外国人に英語を教える、という英語ティーチング資格です。

コースを受ける上での最低条件が、「ノンネイティブの場合は、ネイティブ並みのスピーキング力とライティング力を要する」というものです。

だから、この資格を持っていたら、ネイティブ並みの英語力をもっている、との証明になる?!

TOEICよりも最強じゃん?!ってピンときたわけです。

 

あと、私は昔から純粋に「教える」「人と関わる」のが大好きだった!

さらにさらに、私の実母がずっと学習塾を経営し、ひとりで教えていて・・・

「蛙の子は蛙」と言ったもんですが、私も手伝っていたので、教えるの大好きだったんです。

英語を教える資格の、最高峰(?)をとる!と決めました!・・・最初は気軽に、勢いで(笑)

この「ケンブリッジCELTA」への最低要件、すなわち「ノンネイティブの場合は、ネイティブ並みのスピーキング力とライティング力」は当時の私のレベルには無謀すぎる目標でした。

・・・が、結果的には、これを半年間の集中学習で到達することができました。

この半年間は、一生のうちで一番英語をやった!・・・というぐらい必死で勉強しました。

当時1歳だった長女の育児中でしたから、英語学習のために1分1秒を無駄にできない!との思いから、長女にずっと英語で話しかけていました。

正確にいうと「ネイティブ並み」までは達しなかったものの、イギリスのCELTAを提供するスクールで、審査をへて入門を認められたので、一応、「ネイティブ並みのスピーキング力とライティング力を有する」と認められたようでした。

この審査は、書類審査→筆記試験→グループインタビュー(面接)→個人インタビューとなっており、私にとってはヘビーなものでした。

 

そんな経緯をへて、とにもかくにも、CELTAコースへの入学がかない、CELTAの取得に向けたコースに通うことができたのでした。

「やった~~~!ついにCELTAをとるために土俵に立てた~~~!」

と喜ぶのもつかの間でした。

 

なんとかぎりぎりのラインで入学を許されたのであろう私を待っていたのは、まさに茨(いばら)の道・・・

コースに入学してからが大変で、先生はもちろん、クラスメイトは全員ネイティブ。会話のスピードについていけない…英語で英語を教えるということの難しさ・・・

迫りくる頻回の実習やレポート課題・・・

厳しいチューターからの酷評(こくひょう)・・・

やっぱり自分には難しいチャレンジだったんだ・・・と何度も心が折れそうになりました。

・・・というか、ポキポキ折れまくり凹みまくりでした。

 

しかし、こうした厳しい講師トレーニングや実習課題、課題や実習に対する厳しい審査と指導をなんとかPass(合格)して、この指導資格を取得することができたのです!

 

このCELTAという英語指導資格は、ネイティブでも脱落する人が少なくない、かなり厳しいものだと有名でした。

当時、コースのスタート時点からすでに第二子を妊娠していた私は、同期のクラスメイトから、

「ネイティブの私らでさえストレスフルなこのトレーニングを、非ネイティブで、かつ妊娠していながら受けてるなんて、あなたはすごい!ってか、むしろクレイジーだよ!」

と言われました(笑)。

ネイティブの言葉通り、コースは相当「ストレスフル」で、何度もくじけそうになり精神的に追い込まれました・・・

CELTAコースへの入学を許されるまでの英語力を身につける半年間の学習期間も大変でしたが、コース期間中は精神的に、もっともキツかったです。

ただ、このトレーニングを含め、非英語圏から留学してきていた外国人たち(約50人以上)に英語を教える機会は有意義なものでした。

ティーチングスキル向上という目的以上に、いろいろなバックグラウンドや価値観をもつ多様な人たちとコミュニケーションできる、非常に貴重な経験となりました。

東欧や南米、アフリカなど、これまで話すことのなかった人種や民族の方と触れ合うのは新鮮でしたし、彼らからすれば日本人も珍しかったようです。

モンゴル人や韓国人は同じアジア系ということで妙な親近感!

モンゴル人の生徒とは朝青龍の話題で、韓国人の生徒とは韓流ドラマの話題で盛り上がりました(笑)。

また、CELTAで課されるレポートに取り組むために、多くの文献や論文を読む必要があったので、

それらを通して、外国人が英語を習得するための最新かつ効果的な英語指導法を学ぶことができました。

とはいえ、講義はついていけたものの、レポート試験もなんとかクリアできたものの、Teaching Practice(実習)がとにかく大変で・・・準備と緊張で、眠れない日が続きました。

連日のダメ出し・・・落第スレスレの評価・・・痩せました・・・

しかも、当時は第2子(のちの次女)妊娠中で、つわり真っただ中・・・

精神的にも体力的にも、いっぱいいっぱいでした。

ちょっとしくじって、ある実習の回でかなり悪い評価をとってしまい、もう無理かも・・・と思いました。

私の人生で「もう・・・ダメだ・・・」と絶望に陥りかけた5大暗黒経験のうちの一つです^^

でも、そこから自分のメンタルを立て直し、夜の寝る間も惜しんで準備に準備、練習に練習を重ねました。

最後のTP(実習)では最高の成果を出し、

ケンブリッジ大教育機関(ESOL)からわざわざ見に来ていた審査官にも、

「あなたは大丈夫!パーフェクトだ!」

とのお墨付きをもらい、無事(・・・でも、ギリギリ)合格をもらうことができました!

このCELTA取得が、私の英語教育キャリアのスタート地点となり、「これで生きていくんだ!」と腹が決まったわけです!

日本に帰国後は、生まれてきた第2子(次女)の育児期間をへて、英語講師としてのキャリアを本格的に歩み始めました。

 

私は、もともと英語ができたわけでは決してありませんでした

今でこそ英語力を駆使する仕事をしている私ですが、このような英語力を身につけるまでに、私その道のりは決して順調ではなく、むしろ多くの悩みを抱え、紆余曲折をしてきました。

そして、いま私がよく言われるのは、「昔から英語できそうだよね~」とか「もともと頭いいんじゃない?」などと言われますが、

いやいやいやいや・・・・全くそうではありませんでした。

 

私は、帰国子女でもなく、幼少期から英語を習っていたでもなく、小・中・高と地元の公立の学校で、ふつ~の義務教育を受けて育ちました。

私の出身は、うどん県こと香川県。そのはじっこにある、「東かがわ市」という「超」がつく田舎(高松が都会に思えるくらい・・・)で生まれ育ちました。

 

英語を学び始めたのは、中学校の授業でした。

そもそも小学校では、学校の成績は良くなくて、むしろ落ちこぼれ・・・、でしたが、中学校・高校では、勉強をがんばって、特に英語はめちゃくちゃ勉強しました。

結果、めちゃくちゃ得意にはならなかったものの、足を引っ張るほどでもない・・・という、どっちつかずの成績でした。

 

大学に入ってから英語からはだいぶ遠ざかりました。大学生になってからは、英語の教科書が難しくて、英語には「サヨナラ~!」しました。

「大学受験は終わったし、もう英語は必要ないわ~~!」という自分に言い訳をして^^

ちなみに、私は大学は英文科などでもなく、・・・むしろ大学時代はほぼ英語から離れていました。

 

はじめて海外に足を踏み出したのは20代になってから、大学の卒業旅行でした。

大学4年に初めて行った海外旅行で、自分の英語の出来なさ(聞きとれない&全く話せない、まぁ読むのはナントカ・・・)に愕然・・・

海外旅行では、一緒に行った友だちに「英語が話せない」ことがバレるのが嫌で口をつぐむ始末。

・・・というより、英語が全くと言っていいほど出てこなかったんです。

 

あんなに、中学校〜高校で勉強したのに・・・と、「英語が話せない自分」に愕然(がくぜん)としました。

ホテルやタクシー、レストランでの注文、といった基本的なやりとりすら、英語が文章にならず、言ってることも伝わらず、現地でのやりとりは、一緒に行った友人たちに頼りっぱなしでした。

 

就職活動のエントリーシートや履歴書の「スキル」「英語の資格」「TOEICのスコア」の欄にも、英語については全く記入できず、空白でした。

就職面接で「英語は?」と問われて、苦笑いするしかなかったのは今でも覚えています。

行きたいな〜と思った会社でも最終面接で、「英語はできないんだね〜」と言われて内定目前で、おそらく英語力が理由で落とされたことは、悔しく苦い経験です。

 

私の英語学習「暗黒期」

社会人になって2年目で会社で受験したTOEICは490点でした。

一緒に受けて余裕で800点を超えていた同期(帰国子女)に鼻で笑われ、悲しいやら悔しいやらの気持ちを今でもよく覚えています。

そのとき働いていた会社は、英語ができる人が多かったので、このままではヤバイ!と、帰社後や休日の時間を使って、英語の勉強をするようになりました。

とくに、自分のキャリアアップに必要だと考えたTOEICの勉強に力を入れることにしました。

「英語、できなくても困らないも~ん」と周囲には強がりつつ、ひそかに「英語コンプレックス」をず~っと抱き、ず~っと隠れて勉強していました。

・・・が、私の英語力はなかなか思うように伸びてくれませんでした。

 

大学受験の名残で文法知識は十分!長文もまぁまぁ読める(かも)!

と自負していたものの、TOEICのリーディングで点数とれず・・・リスニングに至っては全く聞き取れず、パニックになったり、諦めモードになったり・・・

 

英語の参考書は山ほど買いました。

英会話スクール、聞き流し教材、チケット制の英会話サークル、外人カフェ…どれをやってもイマイチ英語力が伸びている実感もなく、結果もついてきませんでした。

CMで有名な聞き流し教材、●ピードラーニングもやりました。

「これさえ真剣にやれば今度こそペラペラになれるはず…」と信じて、毎日の通勤電車の中で聞き、歩いている最中も聞き、数年続けました。

CDは全て、聞き倒しました。・・・が、私にはほとんど効果なかったように思います。

インターネット上で、魅力的なセールスレターの情報商材の類もたくさん買ってしまいました。

「1週間でペラペラに~♪」とかいう売り文句に惹かれて数万円の教材についつい手を出してしまってました。

そして、買ったときはテンションが高いのに、やり遂げることなくすぐに投げ出す、の繰り返し。

時間もお金も浪費しつつ、三十路手前になんとかTOEICは800近くまで来ましたが、800点の壁がなかなか超えられず・・・でした。

そして、こんなに英語学習にお金も時間もつぎ込んだのに、海外旅行でもまだロクに英語でやりとりができませんでした。

 

思い返せば、私の英語は、無駄な勉強、挫折、失敗・・・などの連続でした。

英語学習には実に多くの時間と費用を費やし、何度も壁にぶつかり、たくさん回り道をしました。

 

私が、英語に真剣に向き合うことになったきっかけ

そんな私に転機が訪れたのは、30歳過ぎでした。

きっかけは、育休中の保活の失敗でした。

1歳の娘を保育所に入れることができず、会社を辞めるざるをえなくなったのです。

7年間勤めた会社、転勤をしてまで築いてきたキャリアを手放すのは本当にショックで、今までがんばってきたことはなんだったのかと落ち込みました。

でも、いつまでもクヨクヨしていたってしょうがない。いつか、働ける環境になったとき、いつでもどこでも人に求められるスキルを身につけよう!と決意しました。

手に職を!と色々な国家資格を調べたり、インターネットビジネスに手を出したり、とある国家資格をとるため、資格スクールの通信講座を数十万出して受講したりしました。

しかし、そのうち気づいたのです!

そうだ!やはり英語だ!

ずっと変わらずに必要とされる、いや、これからますます必要とされるスキル。

ビジネスでも、プライベートでも活用できて、人生を豊かにしてくれるもの!

英語でプロ並みのスキルを身につけよう!

絶対に、英語を身につけて、第2の人生を生み出してやる!

そう強く決意したんです。

それからの私の英語学習は、これまでとは一変しました。

人生をかけた英語学習に取り組み、自分を変え、学習方法を変え、集中的かつ戦略的に学習に取りみました。

およそ半年間の集中的な学習期間が、私の英語力を飛躍的に伸ばしてくれました。

結果、ケンブリッジCELTAのコースへ入門、そして資格取得に至ったのです。

その後は、効率の良い英語学習のスタイルがしっかり身についていたので、思い立って目標設定さえすれば順調に英語力を伸ばしていくことが出来ました。

TOEICも960点まで上がりました。

そして、2018年の春、英検1級に合格しました。

このとき生後6か月の赤ちゃんの育児中(上にも2人の娘つき^^)&仕事にも復帰してバリバリやりながら・・・

私の英語ができない時代を知っている家族・友人や元会社の同僚などは、いま私が英語を教えているということに「意外・・・」と思っている人が少なくないです。

英語は、語学センスがあるとかどうとか、頭がいいとか悪いとか、若いとか年取っているとか、時間があるかないか、とか、そんなの関係ありません。

やるか、やらないか。これに尽きます。

それも正しい方法でやれば必ず伸びます!

だから、本気で英語できるようになりたい!という方は、私に会いにきてほしい(英語コーチングを体験しに来て欲しい。)

とっても長くなってしまいました・・・ここまで最後まで読んでくださり、感謝いたします!!^^

WRITER この記事を書いている人

MAKI

3ヶ月で必ず目標達成をさせる英語コーチ。オンライン(Zoom)で英語コーチングプログラムを提供。世界でもっとも認知度の高い国際的英語指導資格(ケンブリッジCELTA)を持地、1000人以上の英語指導経験から、お一人お一人にあった英語学習戦略を組み立て、徹底サポート。自身が「英語が話せない」「TOEIC490点」「長い英語コンプレックス」という状態から、ほぼ独学で、TOEIC960点、英検1級、通訳・翻訳をこなすスピーキング力を身につけた逆転の女王(笑)へ!「英語が苦手!嫌い!」という学習者の気持ちが熟知し、1日も早く英語マスターへと導くお助けマンです。

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